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ドイツ語苦手 - 2018/11/04(Sun) 08:13 No.2480
干柿のシーズンです。

柿の北限は八戸  もちろん渋柿なので干柿にします。

しかし
数年前に札幌に住む恩師から
柿が札幌でもなるようだと聞きました。

やはり温暖化?  あるいは品種改良?
Re:[2478] [2477] [2476] 地震 ドイツ語苦手 - 2018/09/14(Fri) 04:18 No.2479
おはようございます。

> 私のところは電気だけ、ガスと水が使えたので、何とかなりました。
> 一時G4回線というのでしょうか、携帯のメールもつながりにくくなっていたように思います。

東日本大震災のときを思い出します。

> 全道停電という前代未聞の事態でしたが、自主的に「サマータイム」で早寝早起きしてみました。ドイツ風の、ろうそくの灯りで夕食というのも考えましたが、あれは地震がない地域だからできることですね。

ドイツで、知り合いの家庭に夕食に招かれたとき
わざと蝋燭の明かりのもとで食事をしたものです。

彼らにすると最高のもてなしのようでした。
Re:[2477] [2476] 地震 謎の講師 - 2018/09/13(Thu) 14:20 No.2478
私のところは電気だけ、ガスと水が使えたので、何とかなりました。
一時G4回線というのでしょうか、携帯のメールもつながりにくくなっていたように思います。

全道停電という前代未聞の事態でしたが、自主的に「サマータイム」で早寝早起きしてみました。ドイツ風の、ろうそくの灯りで夕食というのも考えましたが、あれは地震がない地域だからできることですね。
Re:[2476] 地震 ドイツ語苦手 - 2018/09/11(Tue) 08:36 No.2477
> 札幌市内は電気も通り、週明けからは日常の生活に向かいつつあります。


心配していました。

札幌の友人たち10名以上にメールを送ったら
その日のうちに3人から返事がきましたが
3日後に他の友人からメールの返事がありました。

無事だったが
停電ではパソコンも使えず
スマホも充電で苦しみ、メールは困難だったようです。

函館-札幌の特急列車も走るようになって
なによりです。
地震 謎の講師 - 2018/09/10(Mon) 17:28 No.2476
札幌市内は電気も通り、週明けからは日常の生活に向かいつつあります。

ヨーロッパも暑い ドイツ語苦手 - 2018/08/07(Tue) 10:51 No.2475
> ベルリン、に限らずのようですが、ドイツも猛暑のようですね。

ポルトガルもスペインも猛暑のようですね。(45度なんて)

私が8月にドイツに行ったとき、なかなか暑い日がありました。
ドイツもパリも冷房が少なく、よわったことがありました。

東京も名古屋も大阪も毎日暑くて大変です。
よくみんな生きています。

森永もアイス食品売り切れで製造が間に合わず
しばらく販売中止とか。
Re:[2473] ベルリンの魅力 謎の講師 - 2018/08/02(Thu) 17:10 No.2474
ベルリン、に限らずのようですが、ドイツも猛暑のようですね。
札幌でも34度近くになり、NHKの画面は分割で警報が出ていました。

ベルリンと言えば、宇宙飛行士の方が撮影して地球に送ったベルリンの写真、旧西側と旧東側が、灯りの色の違いでくっきりと分かる写真が印象的でした。
ベルリンの魅力 ドイツ語苦手 - 2018/07/31(Tue) 17:52 No.2473
私は時間とともにドイツから離れていって
ドイツ語も忘れかけていますが...

毎年仕事でドイツに行っている人が
ドイツで一番お勧めの所はと聞かれると
ベルリンが一番と答えるそうです。

ベルリンはドイツの首都であり
歴史がドイツ統一でさらに深まったようです。

見るべきものが多い。

私が東西ドイツのあったころ、東ベルリンで見た
 マルクス・エンゲルス橋
 (マルクス・エンゲルス広場にたどるから、この橋の名前もそうつけられた)

しかし、現在の名前はどうなっているだろうか。

新しいベルリン観光の本を見ると
シュロス・ブリュッケとなっていたようです。
 橋には立派な彫刻が付けられていました。


マインツの大学教授も、ベルリンをいちおしでした。
アンデルセン 謎の講師 - 2018/07/09(Mon) 23:03 No.2472
検索すると、パン屋さんがヒットしました…。

アンデルセン、英語読みなのかとも思いますが、昔の人は割に適当というかおおらかに外国語の姓を読んでいたようにも思います。
「ギョエテ」だけでなく、画家のゴッホもゴウグだったかゴウゲだったか。

カンネット・ヘルステンの話、面白かったです。
宮沢賢治とドイツ文学 その2 ドイツ語苦手 - 2018/07/07(Sat) 09:18 No.2471
宮沢賢治とドイツ文学

賢治は アンデルセンをアンデルゼンと呼んでいたそうです。
賢治は「絵のない絵本」のドイツ語訳を読んでいたという。
 そもそも アンデルセンとは何語?  デンマーク語はアネルセン


賢治が喜劇の天才と呼んでいた川村俊夫が、賢治の研究授業を参観していた先生たちの前で、賢治に指名されたとき
大きな声で「カンネット・ヘルステン!」と答えたという。
それに対して、賢治は「よし..」と言った。

「カンネット・ヘルステン」はオランダ語で、わかりませんの意味です。

スイス生まれ、カールスルーエ高等学校長をつとめ、バーデン公国のルター派の監督長になった作家ヨーハン・ペーター・ヘーベルの「ライン地方の家庭の友の宝箱」の一編「カンニットフェルスタン」(Kannitverstan   高地ドイツ語なら Kann nicht verstehen)

ドイツの若い職人がアムステルダムまでの旅の途中で
とても立派な大邸宅を見かけた。
 屋根には六本の煙突がそびえ、壁には美しい軒蛇腹が施され、大きな高い窓のある豪華な館
 窓にチューリップや、アスターや、あらせいとうの花をいっぱい飾っていた。
「この立派なおやしきはどなたのものですか」
通りかがりの人の答え「カンニットフェルスタン」

若者は入江で、東インドから着いた大きな船が、砂糖、コーヒー豆、胡椒の樽をおろしていたのを見る。
「これら全部の荷物を海で運んできてもらった幸福な人は、いったいどなたですか」
肩に荷物をかいつで降りてきた男は答える。「カンニットフェルスタン」

やがて街角を曲がると、黒ずくめの四頭の馬が、黒い布をかけた霊柩車を引いてきた。そのあとに会葬の人たちの長蛇の列が続く。
若者は帽子を脱いで、列のしんがりの男に、亡くなったのはどなたかと尋ねる。
答えはまたしても「カンニットフェルスタン」であった。

オランダを舞台にしたドイツの諸行無常の話

このへーベルの物語を、賢治は生徒たちに聞かせていたのだろう。

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